「自治行為」と「自治厨」

背景知識

はじめに

VTuberを応援するファンコミュニティでは、配信チャットやコメント欄でしばしば独自の「ルール」や「マナー」を巡るトラブルが発生します。
その中で、ファンの一部が自発的に他の視聴者の言動を取り締まろうとするケースが見られます。
いわゆる「自治行為」と呼ばれるものです。
さらに、そうした行為を過剰に行う人は俗に「自治厨(じちちゅう)」と呼ばれます。

「自治厨」の「厨」とはネットスラングで特定の迷惑行為をする人を揶揄する表現で、例えばゲーム配信で指示ばかりする「指示厨」や、他配信者の情報を伝える「伝書鳩(鳩)」「自語り厨」などと同様の語尾です。
「自治厨」は文字通り“自治”的振る舞いをする人を指しますが、好意的な意味では使われません。
ネット百科事典によれば、「自治厨とは、親切の押し売りの一例である」と定義されています。
つまり本人は善意でコミュニティを守ろうとしているつもりでも、その実態は周囲から見ると押しつけがましく迷惑になってしまう行為だということです。

本記事では、VTuberファン全般に向けてこの「自治行為」と「自治厨」について解説します。
具体例や起こりやすいシチュエーション、そして視聴者・配信者・モデレーターなど関係者それぞれへの影響を多角的に見ていきます。
議論は特定の立場に肩入れせず中立的に進め、コミュニティの健全性を保つために私たちが何を理解し心がけるべきかを考えてみます。

「自治行為」と「自治厨」の定義

「自治行為」とは、本来配信者や公式モデレーターが対処すべきマナー違反や荒らし行為に対し、一般の視聴者が自発的に注意・排除しようとする振る舞いを指します。
具体的には、チャット欄でルールを破る発言を見つけた際に当事者へ注意喚起したり、「○○するな」「ルールを守れ」といったコメントで制止しようとしたりする行為がこれにあたります。
一見するとコミュニティの秩序を守るための正義感から来る行動ですが、当人に公式な権限はなく、他の視聴者から見ると“出しゃばった”行為になりがちです。

そうした過度な自治行為を行う人たちが揶揄される呼称が「自治厨」です。
典型的な自治厨は、口を開けば「それは禁止事項だ」「マナーがなっていない」といった調子で、自分がただの一視聴者に過ぎないにも関わらず他人に独自のルールやマナーを押し付ける点が特徴です。
彼らは配信者やコミュニティを思って行動しているつもりでも、結果的にはコンテンツの盛り上がりを削ぐ存在になってしまうと指摘されています。

実際、「荒らしに反応したら、あなたも荒らしかも?」「自治厨に反応したら、あなたも自治厨かも?」という言葉が配信者本人から投げかけられたこともあります。
これは、荒らしに対抗するための過剰な自治コメント自体が荒らし行為と同レベルで厄介だという皮肉を込めた表現です。

なお、「自治厨」という言葉には否定的なニュアンスがありますが、ファン同士で最低限のマナー遵守を呼びかける行為そのものが全て悪いわけではありません。
公式で明文化されているルールを周知する程度の注意喚起であれば、必ずしも自治厨的振る舞いとは見なされない場合もあります。
しかし問題は、そうした注意がエスカレートして頭ごなしに他人を叩いたり命令口調で制止したりすると一線を越えてしまう点です。
**「迷惑行為を行った視聴者を頭ごなしに叱りつけたり、ルールやマナーを他人に押し付けたりしない」**ことは、多くの配信ガイドラインで基本マナーとして明示されています。
このラインを踏み越えてしまった時、その人はコミュニティから「自治厨」とみなされてしまうでしょう。

チャットやコメント欄で見られる自治的言動の具体例

実際の配信現場で、自治行為・自治厨的な言動にはどのようなものがあるでしょうか。
以下に典型的な例を挙げます。

  • チャットでの注意コメント
    視聴者の一人が配信と関係ない話題や他のVTuberの名前を出した際、すかさず「他所の名前を出すのはルール違反です」「○○の話はやめてください」と注意する。
    本人はルール遵守を促しているつもりですが、唐突に仕切り出すため場の雰囲気が硬直してしまいます。
  • 荒らしへの過剰反応
    明らかな荒らしや暴言コメントが出現した際、「荒らしは黙ってブロックしろ」「みんな無視して」といったコメントを投下する。
    一見もっともらしい指示ですが、これもまたチャットを占有する余計な自治コメントとなり、結果として荒らしと同レベルに場をかき乱してしまいます。
  • 新人視聴者への過度な指摘
    コミュニティの暗黙の了解を知らない新規リスナーがうっかりタブーに触れた発言をしたとき、「○○は禁止だから気をつけて」程度の穏やかな助言ならまだしも、「○○禁止って知らないの?ルール守れないなら出て行って」などと厳しく非難する。
    これでは本人のみならず周囲の新規ファンも委縮してしまいます。
  • SNS上での自治行為
    配信外でも、SNSでファン同士のやりとりに口を挟むケースがあります。
    例えば、あるファンが投稿した配信に関するツイートに対し、「それは公式が認めていない行為です」「○○のタグを勝手に使わないでください」などとリプライする。
    本来当人同士や公式が解決すべき事柄に横から介入する形となり、トラブルに発展しがちです。

これらの言動はすべて、善意からであれ摩擦を生み出す自治的行為です。
こうした例を目にしたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

自治行為が起こりやすいシチュエーション

では、なぜこのような自治行為が発生してしまうのでしょうか。
その背景には、いくつか共通する状況や心理が存在します。

1. 荒らしや迷惑コメントの出現
配信中に明確な荒らしやスパム、不適切発言があった場合、真っ先にそれを排除したいと感じるファンがいます。
本来であればモデレーターや配信者が対応するべきですが、対応が間に合わないと感じた視聴者が自主的に「やめろ」「通報します」と立ち向かってしまうことがあります。
しかし多くの場合、荒らしへの反応は燃料を与えるだけなので逆効果になりがちです。

2. 暗黙のルール違反
VTuber界隈には、配信者ごとに多少の差はあれど共通したマナー・ルールが存在します。
例えば「配信に無関係な話題を出さない」「他のライバーの名前を出さない」「リスナー同士の会話は控える」などです。
こうしたルールを知らずに違反してしまった新規視聴者に対して、古参ファンが過剰に反応してしまうケースがあります。

3. 配信者不在のタイミング
配信者が離席中に、チャットが自由な空気になることがあります。
このときに視聴者同士のやりとりや冗談が過熱し、空気を乱すと感じた他の視聴者が注意し始めることがあります。
善意ではあっても、場の雰囲気を壊してしまうリスクがあります。

4. コラボや他コミュニティからの流入時
コラボ配信や大規模なイベント時には、多くの新規ファンや他のコミュニティの視聴者が流入します。
このとき、暗黙のルールや雰囲気の違いから混乱が生まれ、古参ファンがそれを排除しようとする動きが起こりがちです。

視聴者への影響:新規ファンと既存ファンの双方の視点

自治行為や自治厨的な言動が最も影響を与えるのは、他ならぬ視聴者同士です。
特に新規ファンにとって、過剰な自治コメントは大きな心理的ハードルになります。

初めて訪れた配信で、誤ってルール違反の話題に触れた結果、視聴者から厳しく叱責されてしまったらどう感じるでしょうか。
「ここは怖い」「自分は歓迎されていない」と感じて、そのまま視聴をやめてしまう可能性もあります。

こうした排他的な空気は、コミュニティの閉塞を招きます。
新規ファンが定着しない状況は、配信者の成長機会を奪い、やがてコミュニティそのものの縮小に繋がるでしょう。

一方で、自治行為をする側にも悪意があるとは限りません。
むしろ、「推しを守りたい」「秩序を守りたい」という責任感から行動していることが多いです。
しかし、その方法が周囲にとって負担であれば、善意であっても迷惑になってしまいます。

ファン同士が互いを監視し合うような空気では、自由な発言や交流も難しくなります。
本来リラックスして楽しむべき配信が、過剰な自治によってギスギスしたものになってしまっては本末転倒です。

配信者への影響:空気感と成長へのブレーキ

自治行為は配信者本人にも大きな影響を及ぼします。
まず、新規ファンを排除するような空気は、配信者の成長を阻害します。

せっかくの新しい出会いのチャンスが、ファン同士の内輪的な空気によって閉ざされてしまうのは非常に残念なことです。
配信者が望んでいるのは「初見さんも楽しめる空間」であるはずです。

また、チャット欄でのファン同士の衝突は、配信者にとってストレスになります。
目の前でファン同士が争っていれば、配信に集中できないだけでなく、精神的な疲弊を招くことにもなりかねません。

多くの配信者が「視聴者同士で揉めないでほしい」「荒らしは無視してください」といった旨のコメントをしているのはそのためです。
「自治行為そのものが、配信者にとってのマイナスプロモーションになる」
この言葉を重く受け止める必要があります。

配信者がファンに求めているのは、ルールの押しつけではなく、思いやりと協調の姿勢です。
それは「暗黙のルールを守れ」という声ではなく、「ここにいてくれてありがとう」という歓迎の空気から生まれるのです。

モデレーターや運営の視点:ファンはサポート役に徹するべき

配信には、チャットを監視・管理する役割を持つモデレーターが存在することがあります。
モデレーターは配信者から権限を与えられた立場であり、チャット欄の治安を維持する責任を担っています。

荒らしやスパムへの対処、タイムアウトやアカウントのブロックといった措置は、原則としてモデレーターが実施すべきです。
そのため、一般視聴者が「代わりに指導する」必要は基本的にありません。

視聴者が取るべき行動は、通報と無視という静かな対応です。
プラットフォームには通報機能が用意されており、不適切な発言やスパムを見かけた場合にはこれを利用することで、円滑に処理が進みます。

ファンがその場で荒らしに反応したり、他の視聴者を強く批判してしまうと、チャット欄はさらに混乱を招き、雰囲気が悪化します。
これは、荒らしに加担しているのと同じ結果を生んでしまいます。

また、配信者の中にはモデレーターをあえて設けないスタイルを取っている人もいます。
そうした場合でも、視聴者が勝手に秩序維持を引き受けてよいということにはなりません。
その場の雰囲気や配信者の方針を尊重しつつ、自衛のための手段(ミュート、非表示、通報)を用いて対応することが推奨されます。

ファンはあくまで「応援する立場」であり、「治安を保つ責任」は公式や配信者にあるということを、忘れてはなりません。
それが健全なコミュニティの土台です。

コミュニティの健全性と自治行為の関係

これまで述べたように、自治行為は時としてファン間の対立や配信者への負担を生みます。
とくにその行動が過剰になると、ファン層の分断や排他性を助長し、結果としてコミュニティの成長を阻むことにつながります。

しかし、まったく秩序がない状態もまた問題です。
マナーが守られず、荒らしが跋扈する空間では、誠実なファンが離れていってしまうからです。

そこで大切なのは、「誰が秩序を守るのか」「どうやって守るのか」という点です。
理想的には、配信者が提示したルールを各自が理解し、個々の視聴者がそれに沿って自律的に振る舞うことが望まれます。

そして問題が起きた場合は、権限のある人(配信者・モデレーター・運営)に任せる。
ファン同士が互いに制裁し合うのではなく、互いに快適な視聴環境を共有する協力者であるという意識が求められます。

新しい視聴者が入ってきたときには、「ルールを知らないから叩く」のではなく、「配信を楽しんでくれてありがとう」と受け入れる空気があってこそ、コミュニティは広がっていきます。

配信者が掲げる「自由に楽しんでください」「みんなでワイワイしましょう」という言葉は、そうした寛容と共存の空間を意味しているのです。

「推しを守る」ことの本当の意味

自治行為に走ってしまう背景には、「推しを守りたい」という気持ちがあることも多いでしょう。
これは非常に純粋なファン心理であり、配信者にとってもありがたい思いです。

しかし、その「守る」という行動が、配信者の意図とずれていたらどうでしょうか。
本来ならば自由で楽しい空間を望んでいるはずの場所が、過剰な正義感によって緊張と排除の場になっていたら、逆効果です。

「推しのためにルールを守らせたい」という気持ちが強すぎるとき、一歩立ち止まって、「本当にこのやり方で推しのためになっているのか」と問い直してみることが重要です。

推しが望んでいるのは、ファンが互いに信頼し、自由に笑って、安心して過ごせる環境です。
ルールを振りかざすより、空気を和ませたり、新しいファンを歓迎したりする行動のほうが、ずっと推しの助けになります。

まとめ:共に楽しむためにできること

自治行為・自治厨という現象は、VTuberコミュニティにおいて特別なものではありません。
どのファン文化にも、秩序と自由のバランスをどう取るかという課題は常にあります。

大切なのは、「推し活」をみんなが気持ちよく楽しめる環境を維持することです。
そのために、以下のような姿勢が求められます。

  • 自分はモデレーターではなく、一視聴者であることを忘れない
  • 荒らしには反応せず、通報などの冷静な対応に徹する
  • 新規視聴者には寛容に接し、コミュニティの広がりを歓迎する
  • 配信者の方針に耳を傾け、空気を壊さないように意識する
  • 意見を言う前に「その発言で誰かが傷つかないか」を考える

コミュニティは配信者だけでなく、ファン一人ひとりの行動によって形成されていきます。
そしてその雰囲気は、新しい人を呼び寄せ、推しの可能性を広げることにもつながります。

「郷に入っては郷に従え、しかし新参には寛容に」
このバランス感覚こそが、成熟したファンコミュニティを支える鍵です。

管理人のひとこと

私たちファンは、つい「正しさ」を武器にしてしまいがちです。
でも、正しさだけでは人の心は動きません。
配信を楽しむ気持ち、推しを大切に思う気持ち、それを他の誰かと共有する温かさがあってこそ、ファン文化は育まれていきます。

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