ホロライブと「同接ムシキング」

背景知識

「同接ムシキング」とは、VTuber界隈で同時接続視聴者数(いわゆる同接)を巡る数値比較をゲームのように扱うネットミームである。
元々は匿名掲示板(5ch)のVTuberファンやアンチの間で生まれた蔑称で、ライブ配信の視聴者数を競い合う様子を、子供向けの昆虫バトルゲーム「甲虫王者ムシキング」に喩えた表現だとされる。
初期の事例としては、にじさんじ所属ライバー・童田明治が2019年の初配信で視聴者数に触れた際、アンチから「数字(スウジー)」と揶揄され叩かれたという経緯がある。
これをきっかけに、VTuberが自分の同接に言及することはタブー視され、匿名掲示板ではファン同士が他者の視聴者数を比較して煽り合う構図が定着していった。
当初はにじさんじアンチスレで他事務所と数字を比較する文脈で使われていたとされ、2020年頃には「同接ムシキング」という言葉が広く使われ始めていた。
「数字大好きマウントバトラー」とも呼ばれるこうした層を揶揄する言葉として、「同接ムシキング」は定着していった。

代表的な炎上・対立・議論の事例

「同接ムシキング」をめぐっては、ホロライブ内外で様々な論争や炎上が発生してきた。
代表的なものの一つに、ホロライブとにじさんじの間のグループ間対立がある。
2020年夏、にじさんじの大型企画「にじさんじ甲子園」が同接19万人超を記録した際、同時間帯に配信していたホロライブの番組と視聴者数を比較し、ファン同士が勝敗を論じる事態となった。
この際、「1対100の同接ムシキングで勝ち誇るな」といった揶揄が飛び交い、ストリーマー加藤純一のファンとVTuberファンの間でも同様の対立が生じた。
また、2020年末から2021年初頭にかけて発生したYouTubeの同接表示バグ問題も、議論を加速させた。
この時期、YouTube上で表示される同接数が急激に減少する不具合が発生し、一部ファンが「ホロライブの同接が不正に下がっている」と訴えた。
これに対してYouTube側は「現在の表示はより正確な数値であり、過去の表示が不正確だった可能性がある」と回答。
この回答をもとに、アンチが「ホロライブの同接は水増しだった」と主張し、掲示板やSNS上で対立が激化した。
また、ホロライブ内でもタレント間のファンが数字で競う事例が見られた。
兎田ぺこらとさくらみこのファン同士の間では、「ぺこらよりみこの方が同接が高い/低い」といった比較が話題になり、「箱内で争うな」という意見が拡散された。
こうした事例は、「同接ムシキング」が単なるネタにとどまらず、実際の炎上やファン同士の確執を生む要因にもなっていることを示している。

ミームとしての広まりとファン文化への定着

「同接ムシキング」という言葉は、匿名掲示板から発祥したスラングであるが、現在ではTwitter(現X)や動画コメント欄でも広く使われている。
特に大規模な配信イベントや記録的な視聴者数が出た際には、「同接ムシキング開幕」などの表現でネタ的に引用されることがある。
このミームは、ファン同士のじゃれ合いから皮肉まで、様々な文脈で使われている。
ホロライブファンの間でも共通語彙として認知されており、プロフィールに「ムシキング嫌い」と記載するファンも見られる。
つまり、数字を競うことに否定的な層にとっては自衛ワードとして、数字を気にする層にとっては自嘲ネタとして、それぞれ意味を持つ語となっている。
匿名掲示板では今なお日常的に使用されており、「○○が同接で△△を超えた」という書き込みに対して、「ムシキングするな」と返すのが定番のやり取りとなっている。
こうした使われ方を見る限り、「同接ムシキング」はファン文化、あるいはアンチ文化の一部として定着していると言える。

数字への執着が生まれる心理的背景

視聴者や配信者が数字に執着する背景には、ネット社会特有の構造がある。
まず視聴者側の心理として、自分の推しの人気が目に見える数値で示されることに快感を覚えるという傾向がある。
これはスポーツにおける贔屓チームの勝敗や、音楽におけるCD売上競争と同じ心理である。
「推しが人気である=自分の見る目が正しい」と感じることで、承認欲求が満たされる。
一方で、「数字を使って他者を見下す」ことに快感を覚える層も存在する。
匿名掲示板などでは「数字が正義」「面白さよりも再生数が重要」といった極端な価値観が蔓延している。
このような心理は、ネット上での評価指標が可視化されていることと無関係ではない。
同接数や登録者数などのデータが簡単に比較可能であるがゆえに、優劣が明確に可視化されてしまうのである。
配信者側にも、同僚の成功や数字が目に見える形で共有されることにより、競争意識が生まれやすいという側面がある。
ホロライブのタレントたちは、全体的に数字に対する意識が高いとされており、「数字で評価されることへのプレッシャー」を感じることも多い。
実際に、視聴者数の変動によりメンタルを崩したり、活動の方向性に悩んだりするタレントも存在する。
その一方で、「数字よりも大切なものがある」という姿勢を持つタレントも多く、配信中に数字に言及しないスタンスが一般的になっている。
こうした背景から、同接ムシキングのような現象は、視聴者と配信者の双方が「数字」という呪縛に囚われやすい構造の中で自然に生まれてしまうものと言える。

ホロライブ公式および所属タレントの対応

ホロライブ運営および所属タレントたちは、「同接ムシキング」的な風潮に対して直接的な言及は控えているものの、間接的に対策を講じてきた。
まずカバー株式会社は、2020年以降、3Dお披露目配信や初配信の際には他のメンバーの配信を被せないようにする「被り禁止ルール」を採用した。
これは「メンバー同士での視聴者の奪い合い」を避けるとともに、「箱推し文化の強化」も目的とされていた。
こうしたルールにより、箱内での同接バトルが起こるリスクはある程度軽減された。
また、タレントたちも配信中に他者と自分の視聴者数を比較するような言動を避けている。
さくらみこや不知火フレアなど、一部のタレントは「他のメンバーと比べないでほしい」と穏やかにファンへ呼びかけたことがある。
尾丸ポルカは「数字よりも内容を評価してほしい」とSNSで語ったこともあり、こうしたスタンスが一般的になっている。
また、ホロライブのファン向けガイドラインでは、「他社や他のタレントとの比較を煽るような言動を避ける」ことが推奨されており、公式にも数字比較に対する懸念が存在していることがうかがえる。
以上のように、ホロライブ公式およびタレントたちは、明言は避けつつも「数字競争を助長しない姿勢」をとっている。

メディア論・ネット炎上構造の視点から見た解釈

メディア論の観点から見ると、「同接ムシキング」はYouTubeやSNSに内在する「ゲーミフィケーション」の問題を象徴している。
ネットでは再生数、評価数、コメント数など、あらゆる要素がスコア化され、それがコンテンツの「価値」として扱われがちである。
これにより、ユーザーは無意識に「数値=面白さ」という評価軸に引きずられてしまう。
また、ネット炎上の構造として「明確な対立軸」があるときに議論が過熱しやすいという特性がある。
ホロライブとにじさんじ、個々のライバー同士、またはVとストリーマーなど、比較しやすい構図があることで、炎上は激化する。
特に同接のように「リアルタイムで勝敗がつく」指標は、炎上の燃料として非常に強力である。
匿名掲示板ではこれを半ばゲームとして楽しむユーザーも多く、「同接ムシキング」はその象徴的なフレーズとなった。
しかし、本来エンタメコンテンツの価値は「数字だけで測れるものではない」。
配信内容の質や、長期的な人気、ファンとの関係性といった要素も重要である。
それでも数字に囚われるのは、視聴者・配信者双方にとってわかりやすく、比較可能で、SNS上で可視化されやすいためである。
「同接ムシキング」という現象は、デジタル社会におけるエンタメの病理の一端を象徴するものである。
ホロライブのような巨大な人気を持つコンテンツだからこそ、このような現象が顕在化しやすくなっているとも言える。
ファンにとっても、「推しの数字」だけでなく、その活動そのものを楽しむ姿勢が重要である。
数字から離れた視点でVTuber文化を捉えることが、今後のファンコミュニティの成熟にもつながっていくだろう。

管理人のひとこと

こうした数字にまつわる現象は、ファン活動が成熟してきた証であると同時に、過熱しすぎると推し自身やコミュニティにとって負担にもなりかねません。
私自身、推しの数字が伸びると嬉しくなる一方で、それが他の誰かを貶す材料になるのは違うなと感じる場面も少なくありません。

ホロライブは、数字では測りきれない魅力や感動を日々届けてくれる箱だと思っています。
だからこそ、数字は「参考程度」に、まずは自分自身が楽しく見られるスタンスでいたいですね。
「同接ムシキング」はネット文化の一側面として面白がることもできますが、それがすべてにならないよう、余白を大切にしていきたいと思います。

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