ホロライブと中国の関係

背景知識

ホロライブプロダクション(以下、ホロライブ)は、日本発のVTuberグループですが、中国にも一時進出して活動を行っていました。
本記事では、ホロライブが中国市場でどのような関係を築き、そしてどのような問題や変化を経験したのか、その歴史的な流れを時系列に沿って解説します。
中国向け展開の背景から始まり、中国語圏での配信活動や現地ファンとの交流、さらには桐生ココさんを巡る炎上事件とそれに対する運営の対応、最終的な中国事業の撤退とその影響まで、中立的な視点で包括的にまとめます。

2019年:中国市場への進出とホロライブ中国の発足

ホロライブの中国展開は2019年に本格的に始まりました。
運営会社であるカバー株式会社は2019年1月、中国大手動画共有サイト「bilibili(ビリビリ)」を運営する上海寛娯数碼科技有限公司との間で正式なパートナー契約を結びました。
これはVTuber事務所として初めてのbilibili公式契約であり、この契約によりホロライブ所属タレントの公式チャンネルをbilibili上に開設し、中国での活動を本格化させることになりました。

bilibiliでの具体的な展開内容としては、日本のYouTubeで配信された動画に中国語字幕を付けて転載する取り組みが挙げられます。
これは現地の有志字幕グループ(いわゆる「字幕組」)の協力を得て行われ、ライブ配信もYouTubeとbilibiliで同時中継されました。
また、中国側のファンからの投げ銭(スーパーチャットに相当する機能)も受け入れられるよう体制を整え、必要に応じてbilibili限定のオリジナル動画投稿も行う計画でした。
このように、日本側と中国側のファンを繋ぐ双方向の配信プラットフォームを構築し、言語の壁を越えて交流できる環境を用意したのです。

ホロライブが中国展開を本格化させた背景には、当時ホロライブ所属のVTuberが中国ファンから大きな支持を得ていた事実があります。
例えばホロライブ一期生の白上フブキさんは、中国bilibiliでのチャンネル登録者数が日本のYouTube上の登録者数を上回るほどの人気となっており、中国市場での潜在力が非常に高いことが示されていました。
そこで運営は、この人気をさらに伸ばすため公式契約に踏み切り、中国向け事業を積極的に展開し始めたのです。

2019年9月には、中国に特化した新ユニット「ホロライブ中国」が発足しました。
ホロライブ中国は主にbilibili上で活動することを目的としたグループで、初期メンバー(ホロライブ中国1期生)として以下の3名のVTuberがデビューしています。

  • 夜霧(ヨギリ) – 2019年9月27日にbilibiliで初配信。和装の不良少女キャラクターで、心優しい一面を持つと言われています。
  • Civia(シビア) – 2019年10月末に初配信。ユニコーンをモチーフにしたキャラクターで、みんなに素晴らしさと楽しさを届けたいと願う設定です。
  • Spade Echo(スペード・エコー)(中国名:黒桃影) – 2019年10月31日にビジュアル公開。怪盗をテーマにした高校生キャラクターです。

このホロライブ中国1期生のデビューにより、ホロライブは日本人VTuberによる既存の人気に加えて、中国語で活動する現地VTuberの育成にも乗り出したことになります。
彼女たちは主に中国語で配信を行い、中国のファンとの交流を深めました。
同時に、日本人メンバーたちもbilibili公式チャンネルを通じてミラー配信を行ったり、中国語圏ファン向けの挨拶や投稿を積極的に行ったりして、多くのホロライブタレントが中国圏で知名度を大きく向上させることに成功しました。

2020年前半:現地活動の拡大とファンコミュニティ

中国での活動が軌道に乗る中、ホロライブはさらに現地展開を拡大しました。
2020年3月にはホロライブ中国2期生として新たに3名のメンバーが加入し、中国向け配信体制の強化が図られます。
2期生としてデビューが発表されたのは、Doris(ドリス)、Artia(アティア)、Rosalyn(ロサリン)の3名で、2020年3月末にかけて順次bilibili上で初配信を行いました。
これによりホロライブ中国は合計6名体制となり、コンテンツの幅も広がっていきます。

この頃には、ホロライブ全体の中国ファンコミュニティもかなり活発になっていました。
bilibili上の各公式チャンネルでは、日本語が分からない現地ファンのために字幕付き動画や翻訳コメントが多数寄せられ、湊あくあさんや大神ミオさんといった日本人メンバーも中国で高い人気を博していました。
ホロライブのタレントが出演する配信では、中国語のチャットやコメントも飛び交い、日中のファンが一体となって盛り上がる場面も多く見られました。
運営側も中国向けのグッズ展開やSNS発信に力を入れ始め、順調に見えた中国展開はホロライブの成長を支える柱の一つとなりつつあったのです。

2020年9月:桐生ココの「台湾」発言炎上事件

しかし、ホロライブの中国との関係は2020年秋に大きな転機を迎えます。
2020年9月下旬、当時ホロライブ4期生として所属していた桐生ココさんと、同じくホロライブ1期生の赤井はあとさんが配信中に起こしたある出来事が発端で、中国側から激しい批判を受ける事態となりました。

経緯としては、桐生ココさんと赤井はあとさんが、それぞれ自身のYouTubeチャンネルでのライブ配信中に「YouTubeの視聴者分析(アナリティクス)データ」を画面に表示したことがきっかけでした。
このデータには「現在視聴している視聴者の国籍トップ」が含まれており、その中に「台湾」という表記が映り込んでしまいました。

中国政府および多くの中国人にとって「台湾」が独立した国家のように扱われることは非常にデリケートな政治問題です。
中国は「台湾は中国の一部(不可分の領土)である」という立場(一つの中国原則)を堅持しており、海外で台湾がひとつの国として扱われたり示されたりすると、それは自国の主権や領土保全に対する挑戦と受け取られることがあります。
桐生ココさんと赤井はあとさんの配信における「台湾」表記は、まさにその政治的タブーに触れるものだと捉えられ、中国の視聴者間で瞬く間に大きな物議を醸す結果となりました。

配信直後から、中国のbilibili上では両名の配信ページやホロライブ関連のコミュニティに怒りや抗議のコメントが殺到しました。
「台湾と表示したことは中国を侮辱している」といった趣旨の批判が数多く投稿され、桐生ココさんと赤井はあとさんに対する謝罪要求や非難の声が急速に拡散しました。
一部の過激なユーザーは「二人を即刻解雇すべきだ」「ホロライブをボイコットする」といった過激な書き込みを行い、ホロライブ全体に対する不買やチャンネル登録解除運動の呼びかけまで現れ始めました。
まさに炎上状態となり、ホロライブと中国ファンとの関係は一夜にして深刻な緊張関係に陥ったのです。

運営側の対応:謝罪と活動自粛処分

この事態を受けて、ホロライブ運営のカバー株式会社は迅速に対応に乗り出しました。
まず、問題となった配信のアーカイブ動画は削除され、中国側での拡散を食い止めようとする措置が取られました。
さらに2020年9月27日、カバー社は公式に声明を発表し、桐生ココさんと赤井はあとさんの行為が「当社のガイドライン違反に当たる」として、両名を3週間の活動自粛(配信休止)処分にすることを明らかにしました。

この声明は日本語・英語・中国語の各言語で出され、それぞれ内容が微妙に異なっていました。
日本語版や英語版では、「機密情報であるYouTubeのチャンネル統計データを開示したこと」および「一部の国籍の方々に対し配慮を欠く発言を行ったこと」を問題視する旨が述べられました。
一方で中国語版では、より直接的に「一つの中国原則」に触れる形で謝罪が表明され、二人の発言が中国の国家主権と領土に関わる問題であったことに遺憾を示す文言が含まれていたのです(日本語版・英語版には台湾や中国への直接の言及はありませんでした)。

カバー社の対応としては、中国のファンコミュニティに向けた謝罪を明確に示すことで事態の沈静化を図ろうとしつつ、日本国内のファンにも規約違反への対処として処分を説明するという、非常に難しい舵取りを迫られました。
しかし、この声明の内容差異は日本の一部ファンから「中国に迎合しすぎではないか」と不信感を招く結果にもなり、カバー社は後日「各国向けに表現を変えた経緯」について追加の説明を行う事態となりました。

いずれにせよ、公式に二人のVTuberを一時的に活動停止とする処分が下されたことで、ひとまず炎上は沈静化を試みられましたが、中国側の反発がすぐに収まることはありませんでした。

ホロライブ中国の解散と中国市場からの撤退

処分発表後も、桐生ココさんと赤井はあとさんのbilibiliアカウントやホロライブ公式ページには批判的な書き込みが続き、一部の過激なユーザーは両名やホロライブ運営に対して脅迫じみたコメントを投下するなど、騒動は長期化の様相を見せます。
そして2020年11月12日、カバー株式会社は公式サイトにて「ホロライブ中国」のメンバー全員が卒業(活動終了)する予定であることを発表しました。

卒業が発表されたのは、ホロライブ中国1期生の夜霧さん、Civiaさんと、2期生のArtiaさん、Dorisさん、Rosalynさんの計5名です。
各メンバーの卒業予定日も個別に公表され、2020年11月中旬から下旬にかけて順次卒業配信等を行うスケジュールが示されました。

この発表時点で、ホロライブ中国の残る1名であったSpade Echoさん(黒桃影さん)については名指しされていませんでしたが、彼女自身がSNS上で「既に会社に卒業の意思を伝えている」旨を発信しており、程なくしてSpade Echoさんも正式に卒業が決定します。
結果的に、2020年末までにホロライブ中国所属メンバー6名全員が卒業し、ホロライブ中国は事実上の解散となりました。

炎上事件の影響とその後の関係変化

この出来事は、VTuberという新しいエンターテインメント分野においても国際関係や文化の違いが無視できない影響を持つことを示しました。
ホロライブを応援していた中国のファン層は公式な接点を失う形となり、中には引き続き非公式にホロライブの配信を視聴し続ける人もいました。
VPNなどを駆使してYouTubeの配信に参加する熱心なファンも存在しましたが、一方で今回の騒動を機にホロライブから離れてしまった中国ファンも少なくありませんでした。

一方、ホロライブ自体は中国以外の地域への展開を加速させ、2020年9月にはホロライブEnglish(英語圏展開)の初代メンバーがデビューし、英語圏で大きな成功を収め始めます。
結果的に、この時期に中国市場から撤退したことは、ホロライブがリソースを他地域に振り向ける契機になったとも言えるでしょう。

2024年以降:関係再構築の兆し

その後、ホロライブと中国の直接的な接点は長らく途絶えていましたが、2024年頃から状況に変化が見られるようになりました。
2024年春、ホロライブ運営は一部タレントによるbilibili上での配信活動再開を予告し、6月にはホロライブID(インドネシア)所属のKobo Kanaeruさんがbilibiliで生配信を行いました。
さらに同年、bilibili側からホロライブ所属のときのそらさん、ロボ子さんらが中国・上海で開催される大型イベント「Bilibili World 2024」に出演することが発表されました。
ホロライブのメンバーが公式に中国のイベントへ登場するのは、騒動以来初めてのことであり、日本・中国双方のファンから大きな注目が集まりました。

2025年に入ると、ホロライブ6期生のラプラス・ダークネスさんがbilibiliに公式チャンネルを開設し、中国語での自己紹介動画や旧正月(春節)の挨拶動画を投稿するなど、本格的な中国向け発信を再開する例も現れました。
まだ限定的な試みではあるものの、かつて炎上によって一度は途絶えた中国市場へのアプローチを、時間を置いた上で再開し始めていると言えるでしょう。

おわりに

以上、ホロライブと中国の関係について、その歴史的経緯と主要な出来事を振り返りました。
ホロライブは当初、中国のファンから熱烈な支持を受け成功を収めましたが、政治的な敏感さを伴う炎上事件によって大きな壁に直面し、一度は中国市場から撤退する決断を余儀なくされました。
この出来事は、グローバル展開において文化や政治の違いを慎重に考慮する必要があることを示しています。

しかしながら、その後ホロライブは世界規模でさらなる成長を遂げ、一方で時間を経て中国との関係にも変化の兆しが現れています。
長い冷却期間を経て、再び中国のプラットフォームやイベントに姿を見せ始めたホロライブは、かつて応援してくれた現地ファンとの橋をもう一度架け直そうとしているのかもしれません。
今後、この関係がどのように発展していくのかはまだ未知数ですが、ホロライブのファンにとって中国との関係史は忘れられない教訓と記憶となり、そしてこれからの展開を見守る上でも重要な背景知識となるでしょう。

管理人のひとこと

筆者自身も、当時リアルタイムで桐生ココさんの炎上やホロライブ中国の動向を見守っていた一人として、こうして冷静に振り返る機会を持てたことは非常に貴重でした。

国や文化を越えて活動するホロライブという存在の複雑さ、そしてファンの多様性を改めて実感します。
これからもホロライブのメンバーたちが、それぞれの言語圏・文化圏のファンと良好な関係を築きながら活動を続けていけるよう、私たちファンも相互理解を大切にしていきたいですね。

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