6月28日、ホロアースが終わります。約32億円の特別損失を計上しての撤退。サービス停止の実務的な話は別記事にまとめましたが、ここでは少し引いた視点で考えてみたいです。そもそもホロアースとは何だったのか。なぜカバーはメタバースに賭け、なぜ畳むことになったのか。
「失敗だった」と切り捨てるのは簡単です。でも、谷郷CEO自身の総括や、これまでの歩みを並べてみると、もう少し複雑で、示唆に富んだ物語が見えてきます。VTuber企業がメタバースに挑んだ数年間の検証です。まずは、ホロアースが描こうとした世界観を、公式PVで振り返っておきます。
ホロアースが目指していたもの──「同じ空間にいられる」
ホロアースは、カバーが手がけたメタバースプロジェクトでした。ファンが自分のアバターで世界を歩き、空間を作り、イベントに参加する。その核にあった理想は、「タレントとファン、ファン同士が、同じ空間に居られる」という体験です。
配信は基本的に「画面のこちら側と向こう側」に分かれます。どれだけ盛り上がっても、視聴者は観客席にいる。ホロアースが壊そうとしたのは、まさにこの境界でした。推しと同じ地面に立つ──VTuberというフォーマットの一歩先を、空間で実現しようとした野心的な試みだったわけです。理想そのものは、今でも色あせていません。
源流は「ホロライブ・オルタナティブ」構想
ホロアースを語るには、その源流である「ホロライブ・オルタナティブ」構想に触れる必要があります。これは、ホロライブのキャラクターたちが生きる「もうひとつの世界」をメディアミックスで描く、という壮大なプロジェクトでした。コミック、ゲーム、そしてメタバース──ホロアースはこの構想の中核を担う存在として位置づけられていました。
2ndティザーPVが公開されたときの期待感は、相当なものでした。「ホロライブが独自の世界(IP)を持つ」という方向性は、単なる配信事務所からコンテンツIP企業への脱皮を意味していたからです。ホロアースは、その夢の入り口として作られました。理想が大きかったぶん、それを完全な形で実装し続けるハードルも高かった、というのが後から振り返って分かることです。
谷郷CEOの総括──「盛り込みすぎた」
では、なぜ終わるのか。谷郷CEOは決算説明の場で、ホロアースについて「盛り込みすぎた」という趣旨の反省を語ったと報じられています。MoguLiveの報道では、「ライブ(イベント)に絞れていれば可能性はあったかもしれない」という主旨の振り返りも伝えられました。
これはとても示唆的です。ホロアースは、アバター生活、空間制作、ゲーム、イベント、経済システム……と、メタバースに期待される機能を幅広く詰め込みました。けれど、その全部を高い品質で回し続けるのは、ゲーム専業の大手でも難しい。「何でもできる」は「どれも中途半端になりやすい」と紙一重です。結果として、ユーザーが日常的に通い続ける強い理由を作りきれなかった、という見立てが成り立ちます。
「ライブに絞れていれば」という言葉は、裏を返せばホロライブの最大の強みが「ライブ・イベント」にあることの再確認でもあります。開発途上では「HoloearthTV」のような特番も組まれ、社運をかけた期待の大きさが伝わってきました。だからこそ、その看板を畳む判断には重みがあります。
「メタバースの冬」という外部環境
ホロアースの苦戦は、カバー単独の問題でもありません。業界全体の「メタバースの冬」という文脈を無視できません。2021〜2022年に過熱したメタバースブームは、その後急速にしぼみました。大手テック企業ですら巨額の損失を出して方針転換しており、「アバターで集まる空間」に持続的な需要を作るのは、想像以上に難しいことが各社の事例で明らかになっています。
カバーがホロアースに本格投資した時期は、まさにこのブームの只中でした。時代の追い風に乗って始め、向かい風になってから畳む。タイミングの不運も、評価に織り込む必要があります。「やらなければよかった」と言うのは後知恵で、当時の判断としては合理性があった、というのがフェアな見方でしょう。
技術は死なない──配信アプリへの統合
ここがこの記事でいちばん伝えたい点です。ホロアースは終わりますが、そこで培った技術は配信アプリ側へ統合される方針が示されています。3D空間の構築、アバター表現、リアルタイムの演出技術。これらはホロライブ本体の配信・ライブ体験を底上げする資産になります。
つまりホロアースは、「失敗したプロジェクト」というより「壮大なR&D(研究開発)だった」と捉え直すことができます。独立したサービスとしては成立しなかったが、そこで得た技術と知見は本体に還流する。約32億円の減損は痛いですが、ゼロが残ったわけではありません。谷郷CEOの言う「量的拡大から質的拡大へ」の中で、ホロアースの遺産は質の側に活きるはずです。
「選択と集中」の象徴として
ホロアースの終了は、ホロスターズJPの縮小と並ぶ、カバーの「選択と集中」の二大象徴です。拡大期に広げた事業のうち、回収の見込みが立たないものを切り、ホロライブ本体・ゲーム・ライブIPに資源を寄せる。痛みを伴う整理ですが、上場企業として避けられない判断でもあります。
大事なのは、失敗を認めて畳む判断ができる経営であること。ずるずると損失を垂れ流すより、減損を一括計上して前を向くほうが、長期的には健全です。ホロアースの数年間は、理想に賭けて、学んで、撤退する──という、企業として真っ当なサイクルを一周した記録でした。終わることが、必ずしも負けではない。6月28日21時、お疲れさまと言いたいです。
よくある質問
ホロアースはなぜ終了するの?
カバーの「選択と集中」方針の一環で、約32億円の特別損失を計上しての撤退です。谷郷CEOは「盛り込みすぎた」「ライブに絞れていれば」と振り返っており、機能を広げすぎたことと「メタバースの冬」という外部環境が背景にあります。
ホロアースで培った技術はどうなる?
配信アプリ側へ統合される方針が示されています。3D空間構築やアバター表現などの技術は、ホロライブ本体の配信・ライブ体験の質的向上に活かされる見込みです。
ホロアースは「ホロライブ・オルタナティブ」と関係ある?
はい。ホロアースは、ホロライブのキャラクターが生きる「もうひとつの世界」を描くメディアミックス構想「ホロライブ・オルタナティブ」の中核を担うメタバースとして開発されました。
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管理人のひとこと
ホロアースを「失敗」の二文字で片付けたくなくて、この記事を書きました。理想は本物だったし、時代の運もあった。何より、技術が本体に還るなら、それは終わりじゃなく引っ越しです。
個人的に好きなのは、谷郷CEOが「盛り込みすぎた」と素直に言えるところです。失敗を失敗と認められる経営は強い。ホロアースで遊んだ思い出がある人は、6月28日、最後に一度ログインしてあげてください。
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