【解説】ホロライブの「配信権利問題」──無許諾時代からガイドライン整備まで、ゲーム実況の著作権を振り返る

ゲーム実況と著作権。この話題に触れるたびに、2020年夏のことを思い出す人は多いはずです。

ホロライブの配信アーカイブが一夜にして大量に消えた。任天堂のガイドライン更新をきっかけに、カバー株式会社の「無許諾配信」が表面化し、過去の配信動画が次々と非公開になっていった。当時のリアルタイム勢にとっては衝撃的な出来事で、「推しのあの配信がもう見れない」という喪失感を今でも覚えている人がいる。一方で、あの騒動がなければVTuber業界全体の権利意識がここまで進まなかったのも事実です。

今回は、ホロライブのゲーム配信における著作権問題を時系列で振り返りながら、2020年の混乱から現在に至るまで何が変わったのかを整理します。批判でも擁護でもなく、事実ベースで。

VTuberのゲーム実況はなぜ「特別扱い」されるのか

まず前提として、ゲーム実況そのものの著作権的な立ち位置を押さえておく必要があります。

個人のゲーム実況配信は、法的にはグレーゾーンに位置しながらも、長年にわたって黙認されてきた文化です。ゲーム会社にとっても宣伝効果があるため、多くのメーカーが「ガイドラインを出して、その範囲内ならOK」というスタンスを取ってきた。任天堂の「ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン」はその代表例で、個人であること正式な収益化プログラム(YouTubeパートナープログラムなど)を通じた収益化を条件に、ゲーム映像のアップロードを認めていました。

ここがポイントです。「個人」と「法人」では、ゲーム実況の著作権的な取り扱いがまったく違う。個人がYouTubeでゲーム実況をして広告収益を得るのと、企業に所属するタレントが企業の看板を背負って同じことをするのでは、法的な意味合いが根本的に異なる。後者は企業としての営利活動であり、ゲーム会社の著作物を使って組織的に利益を上げていることになる。

VTuberの世界では、にじさんじのANYCOLOR(旧いちから)とホロライブのカバー株式会社がこの「法人」に該当する。所属ライバーやタレントが配信するゲームの映像は、企業活動の一環として収益を生んでいる。つまり、個人向けのガイドラインでは対応できない領域。ゲーム会社との個別の使用許諾契約が必要になってくるわけです。

2019年から2020年前半にかけて、この認識がVTuber事務所側で十分に共有されていたかというと、正直なところ怪しかった。業界全体が急成長する中で、権利関係の整備が追いついていなかった。そしてその歪みが、2020年6月に一気に噴き出すことになります。

2020年6月──任天堂ガイドライン更新と、にじさんじの「先手」

2020年6月1日。この日付はVTuber業界の著作権史における転換点です。

任天堂がネットワークサービスにおける著作物利用ガイドラインを更新し、法人に対する個別の許諾契約制度を明確化しました。要するに「法人がうちのゲームを配信で使いたいなら、別途契約してください」という意思表示。これまでグレーゾーンだった法人の配信に対して、はっきりとルールが示された瞬間です。

同日、にじさんじを運営するANYCOLOR(当時のいちから株式会社)が任天堂との包括的許諾契約の締結を発表しました。タイミングが完璧だった。任天堂のガイドライン更新と同時に「うちはもう契約しています」と宣言できるのは、事前に交渉を進めていた証拠です。にじさんじ側は、この問題が表面化する前から権利関係の整備に着手していたことになる。

一方、カバー株式会社はどうだったか。この時点で任天堂との包括許諾契約を締結していなかった。つまり、ホロライブのメンバーたちが配信していた任天堂タイトル──マリオカート、あつまれ どうぶつの森、スマブラ、ポケモン──これらはすべて、厳密に言えば無許諾の状態で配信されていたということになります。

にじさんじとカバーの対応の差。ここが後の展開を大きく分けることになる。

2020年6月5日──カバーの「お詫び」とアーカイブ消滅

任天堂ガイドライン更新からわずか4日後の6月5日、カバー株式会社が声明を出しました。「一部のゲームタイトルについて、必要な許諾を得ずに配信を行っていたことが判明しました」。お詫びと今後の対応方針を発表する内容でした。

これが何を意味するか。「判明しました」という言い回しは、裏を返せば社内で正確に管理できていなかったということです。どのゲームが許諾済みで、どのゲームが無許諾なのか。その仕分けが完全にはできていなかった。2019年から2020年にかけてホロライブは急激に成長し、メンバーも増え、配信本数も爆発的に増えていた。権利管理の体制がその成長に追いついていなかったことは、この声明から読み取れます。

そして、声明と同時に始まったのが過去の配信アーカイブの大量非公開化です。

許諾が確認できないゲームタイトルの配信動画が、次々とYouTube上で非公開にされていった。メンバー個人のチャンネルから数十本、場合によっては百本以上のアーカイブが消えたケースもある。リスナーの間では「あの配信が消えた」「この切り抜きの元動画がない」と混乱が広がった。朝起きたら推しのチャンネルから動画が半分消えていた──そんな経験をした人は少なくないはずです。

特に影響が大きかったのは、ホロライブの黎明期を支えた配信たちでした。1期生、2期生のデビュー初期の配信。初々しいゲーム実況。コラボの原点。ホロライブがまだ小さかった頃の空気を記録していたアーカイブが、権利問題という理由で一括非公開に。「推しの歴史が消える」という感覚は、当時のファンにとって相当なショックでした。

カプコン著作権侵害申し立て──追い打ちとなった2020年8月

6月の騒動が落ち着く間もなく、8月にはさらなる問題が発生します。

カプコンが、ホロライブメンバーによる「ゴーストトリック」などのゲーム実況に対して著作権侵害の申し立てを行いました。YouTube上で著作権侵害の通知が行われ、該当する動画が削除される事態に。カプコンのコメントとされる内容は端的で、「企業が利益を上げるなら使用許諾を取ってください」という至極まっとうなものでした。

これは任天堂のケースとは質が違います。任天堂の件は「ガイドライン更新→契約してなかったことが発覚→自主的に非公開化」という流れで、あくまでカバー側からのアクションでした。カプコンの件はゲーム会社側から直接的に著作権侵害を申し立てられた。受動的に「怒られた」形。

しかも、カプコンの「ゴーストトリック」はミステリーアドベンチャーゲーム。ストーリーが命のジャンルです。実況配信でストーリーのネタバレが全て流れるということは、ゲーム会社にとって販売機会の損失に直結しかねない。宣伝効果とネタバレリスクの天秤が、アクションゲームやパーティゲームとはまったく異なるジャンルだった。この点も、カプコンが動いた背景にあると考えられます。

カプコンの申し立てを受けて、カバーはさらなる動画の精査と削除を進めることに。6月の非公開化に続き、8月にも追加で動画が消えた。ホロメンのアーカイブは目に見えて減り続けました。

任天堂との和解──包括契約の締結と非公開動画の扱い

2020年8月1日、ようやく明るいニュースが入ります。

任天堂がガイドラインを更新し、カバー株式会社を「許諾法人」のリストに追加しました。包括的使用許諾契約が正式に締結されたことを意味する。6月から約2ヶ月間、水面下で交渉が進められていたことになります。にじさんじから2ヶ月遅れ。ただ、締結できたこと自体は大きな前進でした。

このタイミングで一つ重要な回答がありました。非収益化であれば、過去の動画を非公開にしなくてもよいという趣旨のガイダンスが示された点です。つまり、すでに非公開にされた動画のうち任天堂タイトルに関するものは、収益化を外せば再公開できる可能性が出てきた。

ただし、実際に再公開された動画は限定的でした。すでに非公開化の作業は一括で行われており、どの動画がどのゲーム会社の権利に該当するか一本一本精査するコストは膨大。加えて、任天堂以外のゲーム会社との許諾問題もまだ残っていたため、「任天堂と契約できたからすべて解決」とはならなかった

それでも、任天堂との契約締結はカバーにとって大きな転機でした。業界最大手のゲーム会社との正式な許諾関係を築いたことで、他のゲーム会社との交渉にも弾みがついた。ここから、カバーの権利整備は加速していくことになります。

その後の改善──地道な許諾交渉の積み重ね

2020年後半以降、カバーはゲーム会社との個別交渉を一つずつ進めていきました。

この作業は地味ですが、膨大です。日本のゲーム会社だけでも任天堂、カプコン、スクウェア・エニックス、バンダイナムコ、コーエーテクモ、セガ、コナミ、フロム・ソフトウェア──挙げればきりがない。さらに海外のパブリッシャーも含めると、交渉先は数十社に及ぶ。それぞれのゲーム会社ごとに配信の条件が異なり、「このタイトルはOK」「このタイトルはネタバレ部分の配信禁止」「発売後〇日間は配信不可」など細かいルールが設定されている場合もある。

カバーはこの交渉を専任のチームで進め、社内に配信可能なゲーム一覧リストを整備していきました。ホロメンが新しいゲームを配信したいと思ったら、まずこのリストを確認し、載っていなければ運営に許諾確認を依頼する。許諾が得られるまでは配信できない。この仕組みが定着したことで、無許諾配信が発生するリスクは大幅に下がりました。

現在では、ホロライブの配信に登場するゲームタイトルはほぼ全て許諾済みです。概要欄にゲーム会社の著作権表記が記載されるのが標準となり、「配信許諾元」が明記されるケースも増えた。2020年の混乱が嘘のように、権利関係はクリーンになっている。ただし、このクリーンな状態は自然にそうなったのではなく、地道な交渉と社内体制の構築によって実現されたもの。その努力は正当に評価されるべきでしょう。

現在のガイドライン体制──「配信前チェック」が当たり前に

2026年現在、ホロライブのゲーム配信における権利管理体制は、2020年当時とは比較にならないほど整備されています。

まず、社内の「配信許諾リスト」。ホロメンが配信可能なゲームタイトルがデータベースとして管理されており、各タイトルごとに「配信可能な範囲」「ネタバレ制限の有無」「配信時の注意事項」が記載されている。メンバーは配信前にこのリストを確認し、載っていないタイトルについては個別に確認を取る必要がある。

この仕組みのおかげで、ホロメン自身も権利意識が高くなっている。配信中に「このゲーム、どこまでやっていいか確認してあるから大丈夫」といった発言が聞かれることもある。ゲーム配信=許諾確認が前提という認識がメンバーレベルでも定着している。

ゲーム会社側の変化も大きい。VTuberによるゲーム実況の宣伝効果を認めるメーカーが増え、発売前のゲームを先行プレイさせるプロモーション案件も珍しくなくなった。かつては「許諾を取る」だけだったのが、今は「ゲーム会社の方から配信してほしいと依頼が来る」ケースすらある。権利関係が整備されたことで、ゲーム会社とVTuber事務所の関係がビジネスパートナーとしてのものに変わった。

もちろん全てのゲームが自由に配信できるわけではなく、権利者の意向で配信NGのタイトルや、ストーリーの特定チャプター以降は配信不可というケースも依然として存在します。でも、それはルールが明確に存在しているということ。「ルールがないからとりあえず配信する」という2020年以前の状況とは根本的に違うわけです。

「あの動画が消えた」──永久に失われたアーカイブの話

権利関係が整備された今だからこそ、改めて触れておくべき話があります。2020年の非公開化で失われた配信アーカイブの問題です。

あの時消えた動画の多くは、今も非公開のままです。任天堂との契約締結後に一部は復活したものの、全体から見ればごく一部。カプコンやその他のゲーム会社タイトルの動画は、許諾交渉が後から成立しても過去に遡って再公開されるとは限らない。権利処理のコストと手間を考えると、過去の全動画を精査して再公開する作業は現実的ではない場合が多い。

結果として、ホロライブの黎明期──2018年から2020年前半にかけての配信の多くが、永久に視聴できない状態になっています。ときのそら、ロボ子さん、夜空メル、白上フブキ、夏色まつり、赤井はあと、アキ・ローゼンタール──1期生の初期配信は特に影響が大きい。大空スバル、大神ミオ、猫又おかゆ、戌神ころね──2期生やゲーマーズも同様。

ファンの間では「ホロライブの失われた1年」なんて呼ばれることもある。新規のファンがホロライブの歴史を知ろうとしても、初期の配信を遡って見ることができない。切り抜き動画として断片的に残っているものはあるけれど、フルアーカイブはもう見れない。推しの「原点」に触れられないというのは、ファンにとって想像以上に切ないことです。

ただ、これを「カバーが悪い」の一言で片付けるのは公平ではない。無許諾だったのは事実だし、権利者への敬意として非公開化は必要な措置だった。悪いのは無許諾で配信していた体制であって、非公開化という対応自体は誠実な判断です。問題の根本は「なぜ最初から許諾を取っていなかったのか」にある。そしてその答えは、急成長するスタートアップが法務体制の整備を後回しにしがちだという、業界全体に共通する構造的な課題に行き着きます。

教訓──VTuber業界の権利意識を変えた転換点

2020年の一連の騒動は、結果的にVTuber業界全体の権利意識を大きく引き上げました。

にじさんじが先手を打って任天堂と包括契約を結んでいたことは、業界に対する一つの模範を示した。「法人がゲーム実況をするなら許諾契約は必須」という基準を、事実上にじさんじが業界標準として定着させた面がある。カバーが後追いになったのは事実で、ここの差は当時かなり厳しく指摘されました。

ただし、カバーの対応が遅かったことをもって「にじさんじの方が優れている」と単純に結論づけるのは短絡的です。両社の組織規模、法務部門の充実度、外部リーガルとの関係性──こうした要素は当時のANYCOLORとカバーで異なっていた。にじさんじも過去に著作権関連で指摘を受けたケースがないわけではない。重要なのは「どちらが先だったか」ではなく、「この出来事を経て業界全体がどう変わったか」です。

2020年以降、VTuber事務所のゲーム配信における権利管理は劇的に改善されました。大手事務所はもちろん、中小の事務所も許諾確認を徹底するようになり、個人VTuberの間でも権利意識が高まった。ゲーム会社側もVTuber向けのガイドラインを整備するところが増え、「ここまではOK、ここからはNG」の線引きが明確になった。

結局のところ、2020年の混乱は「成長痛」だったと言えます。VTuber業界が趣味の延長から本格的なエンターテインメント産業へと移行する過程で、権利関係の整備が追いつかなかった。その歪みが一気に表面化し、痛みを伴いながら修正された。失われたものは大きかったけれど、得られた教訓もまた大きかった

2026年の現在──形を変えた「新しい権利問題」

ゲーム配信の許諾問題が一段落した今、VTuber業界には別の形の権利問題が浮上しています。

直近で話題になったのが、さくらみこの競馬配信における問題です。2026年の配信中に、JRA(日本中央競馬会)の有料チャンネルで提供されている情報──レース展開の予想データや有料コンテンツの内容──を配信上で復唱してしまったケースがありました。ゲームの著作権とは異なるカテゴリの問題ですが、「他者の有料コンテンツを無料で公開してしまう」という構図は、無許諾ゲーム配信と根底で共通しています。

競馬に限らず、有料の情報サービスやサブスクリプションコンテンツの内容を配信で扱う場合の権利関係は、まだ業界全体で明確な基準ができていません。ゲーム配信の許諾については6年かけて整備されてきたけれど、それ以外のコンテンツ──スポーツ中継、有料記事、サブスク型サービス──についてはグレーゾーンが多く残っているのが現状です。

みこの件は大きな騒動にはなりませんでしたが、VTuberの「権利問題」がゲーム実況だけに留まらないことを示すケーススタディとして記憶されるべきでしょう。配信の形態が多様化するにつれ、注意すべき権利の範囲も広がっていく。ゲーム配信の教訓を他のジャンルにも応用していけるかどうかが、今後の鍵になります。

6年前、ホロライブは「知らなかった」では済まされない失敗をした。でも、そこからの改善は着実だった。同じ轍を新しいジャンルで踏まないためには、2020年の教訓を風化させないことが大事です。ゲーム配信の権利問題は「過去の話」ではなく、現在進行形で形を変え続けている。権利意識のアップデートに終わりはないということ。VTuber業界が成熟するというのは、きっとそういうことなのでしょう。

管理人のひとこと

個人的には、2020年のアーカイブ非公開化が一番こたえました。正直、当時は「なんで最初からちゃんとやってなかったんだ」という怒りもあった。でも6年経って冷静に振り返ると、あの痛みがあったからこそ今がある。カバーを叩いて終わりにするのは簡単だけど、実際に改善してきた事実も見ないとフェアじゃない。2020年の失敗を忘れず、でも2026年の現状をちゃんと評価する。そういうスタンスでいたいと思っています。

参考URL

ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン|任天堂
ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドラインをご案内します。
ニュース | カバー株式会社
カバー株式会社は、「ホロライブプロダクション」をはじめとした日本ならではのコンテンツを世界に向けて発信している、次世代のエンターテインメント企業です。
株式会社カプコン:CAPCOM WORLD JAPAN
ゲームというエンターテインメントを通じて「遊文化」をクリエイトする株式会社カプコンのウェブサイト。ゲーム情報サイトをはじめ企業情報サイト、ネットショッピング、ファンサイトなど、さまざまなサービスについても紹介しています。
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ホロライブプロダクションの女性VTuberタレントグループ「hololive(ホロライブ)」の公式サイトです。
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