7月21日、カバーの公式サイトに1枚のページが静かに増えました。タイトルは「カスタマーハラスメントに対する基本方針」。ファンからの行為のうち、どこからが「アウト」なのかを、上場企業のカバーが初めて文書で線引きしたものです。そしてその2日後の7月23日、今度は「誹謗中傷の投稿1件について150万円の示談が成立した」という発表が続きました。
この夏、ホロライブではタレント個人の大きな炎上がほとんど起きていません。代わりに動いていたのが、運営側の「守り」の整備です。わずか2日間隔で出てきたカスハラ方針と150万円示談。この2つを並べて読むと、カバーが誹謗中傷やファンからの過剰要求にどう向き合おうとしているのか、輪郭がはっきり見えてきます。
カバーは「カスハラ」をこう定義した──7月21日公開の基本方針
方針の中でカバーはカスタマーハラスメントを「お客さまからの要求・言動のうち、当該要求内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当社関係者の就業環境・活動環境が害されるもの」と定義しています。厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」と労働施策総合推進法を明示的に参照した、行政の枠組みに沿った作りです。
例示されている行為は大きく2系統。まず「ハラスメント行為」として、暴力・脅迫、暴言や人格否定、SNSや動画コメントでの名誉毀損投稿、過度で執拗な問い合わせやDMの繰り返し、ストーカー行為、無断撮影・録音とその公開、性的な嫌がらせなど9項目が並びます。配信のコメント欄やXでの行為が具体的に想定されているのがポイントで、リアル店舗のカスハラ対策文書をそのまま流用したものではありません。
保護対象も広く取られています。対象は「当社の役職員・所属タレント・業務委託先および関係各社の従業員」。タレントだけでなく、イベント現場のスタッフや外部の委託先まで含めて守る建て付けです。対応措置は①サービス提供の制限・停止(アカウントブロック等)②法的対応 ③警察・行政との連携 ④被害者のメンタルケアを含む関係者の保護の4本柱。身体的危害の予告など緊急性のある事案は「直ちに警察に通報・連携」と書き切っています。
「推しのキャスティング変更を要求」もアウト──不当要求行為の線引き
今回の方針でファンの間で最も話題になったのが、もう1系統の「不当要求行為」の中身です。筆頭に挙げられているのが「合理的根拠なくタレントの活動内容・キャスティング・コラボレーション等の変更・取消しを要求すること」。つまり「あのコラボをやめろ」「あの企画から降ろせ」というリプライや凸を、根拠なく執拗に繰り返す行為は、会社として明文でカスハラ側に置かれました。
ほかにも「社会通念上相当な範囲を超えたグッズ・チケット・デジタルコンテンツ等の提供を要求すること」、合理的根拠のない処罰・謝罪の要求、チャットやギフトを使った過剰・反復要求などが列挙されています。スパチャを投げながら見返りとして要求を通そうとする行為も、範囲を超えれば対象になる書きぶりです。
はてなブックマークでは「具体例に言及があるのは良き」と踏み込みを評価する声が付く一方、「高額の投げ銭を受け取る構造を残したままで実効性はあるのか」という懐疑も並びました。評価と宿題が両方見える反応ですが、少なくとも「どこからがアウトか」をタレント側ではなく会社が文書で言えるようになった意味は大きいです。配信中に過剰な要求が飛んできたとき、本人が場の空気で対応するのではなく、「会社の方針に反する行為」として粛々と処理できる根拠文書ができました。
2日後の第2弾──「1投稿150万円」示談の中身
方針公開から2日後の7月23日、カバーは「当社および所属タレントに対する権利侵害行為への対応状況について」と題したリリースを出します。悪質な投稿を行っていた人物との間で示談が成立した、という報告です。
対象となった投稿は、リリースの記述によれば「所属タレントがイベントを欠席したことについて、正当な理由があるにもかかわらず『嘘をついている』と決めつけたうえで中傷し、さらに、所属タレントの私生活(異性関係)について根拠のない卑猥な憶測を交えて、執拗に罵倒・侮辱する内容」。タレント名は公表されていません。
示談の条件は4項目です。①対象者による謝罪文の提出 ②損害賠償金150万円の支払い(対象1投稿)③今後、所属タレント「全員」に対する誹謗中傷行為を行わないことの確約 ④違反した場合の違約金支払い義務。特に③と④の組み合わせが強力で、この人物が今後ホロライブの誰かを中傷すれば、その時点で違約金が発生する構造になっています。リリースは「次回は2026年10月頃に権利侵害行為に関する対応状況を公表させていただく予定です」と締められており、対応報告の定例化も宣言されました。
「なぜ150万円で示談に応じた?」──Xで起きた誤読と考察合戦
「1投稿150万円」という具体的な金額は、発表直後からXで大きな反響を呼びました。ただし当初は「投稿1件あたり150万円×投稿数」という読み方が広がりかけ、それを整理する投稿が伸びるという流れになっています。
正しくは、示談の対象となった特定の1つの投稿について150万円という意味です。KAI-YOUの報道も、この金額が裁判所の命令額ではなく当事者間の示談額である点を明記しています。判決で認められる賠償額の相場と直接比較できる数字ではありませんが、SNSの誹謗中傷を巡る示談としてはかなり踏み込んだ金額であることは確かです。
2,000超のいいねが付いたこの投稿のように、「この条件で示談に応じるのはどんな人物なのか」という考察も飛び交いました。示談公表のはてなブックマークは126users。「生身の人間を傷つけようとしてやっていること」というコメントに象徴されるとおり、こちらは方針公開のときよりも賛同一色に近い反応です。金額の誇示を嫌う声も一部にはありましたが、「配信者を守れ」という長年の要望への回答として受け止められています。
ここまでの系譜──警告、149件の法的対応、そして違約金付き示談へ
今回の2連発は、突発的な動きではありません。時系列を並べ直すと、カバーの対応は段階的にギアを上げてきています。2025年10月31日、赤井はあとを巡る「風説の流布」への警告文を公表し、民事・刑事の両面での措置を予告。2026年3月19日には、SNS・匿名掲示板・まとめサイトでの事実無根の情報流布に対して「今後1か月にわたり少なくとも30件程度の発信者情報開示請求、民事訴訟、刑事手続等を計画」と発表しました。
実はこの3月の発表の中で、対象者1名と2025年末に示談が成立していたことも公表されています。条件は謝罪・投稿削除・損害賠償金、そして「誹謗中傷禁止条項+違約金」。つまり今回の150万円示談は公表ベースで2件目で、「違約金付き示談」というスキーム自体は継続運用されているものです。
規模感を示すのが、2026年4月30日に公開された2025年度の年次報告です。訴訟・刑事事件を含む法的対応が149件、X・YouTube・TikTokでの削除対応が1,411件。開示請求でまとめサイトの管理者を特定して複数サイトを閉鎖に追い込み、国外の裁判所で訴訟を提起している事案も複数あると明かされました。ここまでの数字を持った上での、7月の「方針の明文化」と「示談の公表」です。警告から実行へ、実行から制度化へ──この1年でフェーズが変わりました。
法律も業界も動いている──2026年10月「カスハラ対策義務化」とANYCOLORの現在地
背景には社会全体の制度変化があります。東京都では2025年4月に全国初とされるカスハラ防止条例が施行済み。国レベルでも改正労働施策総合推進法が2025年6月に成立し、2026年10月1日からカスハラ対策が事業主の義務になります。カバーの方針公開は義務化施行の約2ヶ月半前で、方針の中でこの法律を明示的に参照しているので、法改正への先回り対応という側面がはっきりあります。
業界のもう一方の雄・ANYCOLOR(にじさんじ)はどうか。確認できる範囲では、カスハラに特化した専用方針ページはまだ見当たりません。ただし対応自体は古参で、2020年9月から「攻撃的行為及び誹謗中傷行為対策チーム」を常設し、毎年10月に活動報告を公表しています(直近報告の対応件数は95件)。2023年には掲示板でのプライバシー権侵害を巡り300万円以上の損害賠償金での示談成立も公表済み。さらに2022年12月には、ANYCOLORとカバーが誹謗中傷対策で連携体制を構築したことも両社から発表されています。
手法は違えど、業界2強が「開示請求→賠償・示談→定例報告」というサイクルを回すようになった、というのが2026年の現在地です。「ネットの誹謗中傷は訴えても無駄」という時代の空気は、少なくともVTuber業界では過去のものになりつつあります。
よくある質問
カバーの「カスタマーハラスメントに対する基本方針」とは?
2026年7月21日に公開された、ファン等からの迷惑行為への対応方針です。厚労省のカスハラ対策マニュアルに沿ってハラスメント行為と不当要求行為を例示し、アカウントブロック・法的対応・警察連携・被害者保護の4本柱で対応すると明記しています。保護対象はタレントだけでなく役職員や業務委託先まで含みます。
どんな行為がカスハラに当たるとされている?
暴力・脅迫や暴言、SNSでの名誉毀損投稿、執拗な問い合わせやDM、ストーカー行為、無断撮影などのハラスメント行為に加え、「合理的根拠なくタレントの活動内容・キャスティング・コラボレーション等の変更・取消しを要求すること」や、範囲を超えたグッズ・チケット等の提供要求といった不当要求行為が例示されています。
「1投稿150万円」の示談とはどんな内容?
2026年7月23日にカバーが公表した示談で、タレントのイベント欠席を「嘘」と決めつけ、私生活への卑猥な憶測を交えて執拗に罵倒した投稿が対象です。条件は謝罪文の提出、損害賠償金150万円(対象1投稿)、全所属タレントへの誹謗中傷をしない確約、違反時の違約金支払い義務の4点です。
対象になったタレントは誰?
公表されていません。リリースでは「所属タレント」とだけ記載されています。投稿内容から個人を推測して名前を挙げる行為は、それ自体が新たな憶測の拡散になり得ます。
カバーはこれまでどれくらい法的対応をしてきた?
2026年4月30日公開の年次報告によれば、2025年度の法的対応(訴訟・刑事事件含む)は149件、X・YouTube・TikTokでの削除対応は1,411件です。まとめサイトの閉鎖や海外での訴訟提起の事例もあると公表されています。次回の対応状況公表は2026年10月頃の予定です。
他のVTuber事務所も同じような対応をしている?
ANYCOLOR(にじさんじ)は2020年から誹謗中傷対策チームを常設し、毎年10月に活動報告を公表しています。2023年には300万円以上の損害賠償金での示談成立例もあります。カスハラに特化した専用方針の明文化は、確認できる範囲ではカバーが先行しています。
関連記事
【暴露】「害悪切り抜き師」とは?ホロライブ運営が頭を抱える悪質切り抜きの実態
【解説】「ホロコミュ」とは何か──カバー新設のファン公式窓口、役割は誹謗中傷対応の最前線【反応せずミュートして通報】
【全記録】赤井はあと「段階的活動再開」まとめ──5ヶ月半の休止から「お人形」MVまで、何が起きていたのか
管理人のひとこと
「1投稿150万円」の数字ばかりが独り歩きしがちですが、個人的に一番効くと思うのは違約金付きの「全タレントへの誹謗中傷禁止」条項です。この人がホロライブの誰かをまた叩いたら、その瞬間にお金が発生する。再発防止として、これ以上ないくらい具体的です。
カスハラ方針の方は、正直「今さら?」ではなく「よく文書にした」だと思っています。ファンの側も、自分の行動がどこにいるかを確認できる線がやっと引かれました。10月の次回報告、静かに待ちます。
参考URL









コメント